ス ポンサードリンク

2008年12月21日

平成17年度前期(2)


<各段落の要旨>


(1) 自然の「保全」とは、ずっと将来まで資源の量が十分か、繰り返し利用出来るかを見きわめた上で、現在の自然から余った分だけを利用しようという考え方である


(2) 「保全」の具体例その一 森林から切り出す木材の例


(3) 「保全」の具体例その二 山菜収集の例


(4) 自然にいっさい手を入れず、あるがままに「保存」することも重要だ


(5) 土地の元々の姿を残しておかなければいけない。なぜなら、「保存」されている自然は、そこの自然の成り立ちや仕組みを教えてくれ、その土地の利用に役立つだけでなく、失敗した時の自然回復の手本になるからである


(6) 昔はどこにでもあったその土地のもともとの自然を残すことが重要である


(7) 日本で保存すべき自然の第一は森林、それも原生林である


(8) 自然の「保存」とは、自然の一部をまずとっておくことだと考えればよい


(9) 自然保護という言葉には、保全と保存が二本柱としてあり、その他にさまざまなことも含まれている


<出典>


『森林はなぜ必要か』

只木 良也


<読解のポイント>


自然の「保全」と「保存」のちがいに着目すること。「保全」に関しては第一段落で説明されている。その後は端的な具体例が二つあり、わかりやすい。「保存」については第四段落で説明され、その後、「なぜ保存が大切なのか」といろいろな説明がされているので、わかりにくいかもしれない。それぞれの定義をしっかりと捉え、枝葉の部分に心を奪われないようにしよう


<解答例>


1) ア) たも(たれます) イ) しつげん ウ) しんしょく
2) 森林から切り出す木材の量を成長する量より少なくすること
    山菜を全部採らず、次の成長のために適当に取り残しておくこと
3) イ
4) 保全は、自然をその生長量以下で利用しようというものであるのに対し、保存は全く自然を利用せずそのままにしておくということ。(六十字)


<解説>


2) 第二段落、第三段落をそれぞれまとめられれば良い。とはいえ、第二段落では第一文で明確に「〜という例」と書かれてあるのでそれを抜き出せば正解。第三段落でも第一文をよけいな修飾語句を抜くことで処理できるはず。


3) まず、空欄(2)に入る前後を注目してみる。


「保全」の定義(第一段落)

「保全」の具体例(第二、三段落)

(2)

「保存」の重要性(第四段落)


という流れになっており、「保全」と「保存」を比べているということに気づくこと。また、第四段落では


〜『保存』すること<も>重要です。


と書かれてある。ということはその前の「保全」は重要なのである。その辺りに着目すると、まず、ア)が消える。ここで「なぜなら」という「結果→原因」をあらわす接続詞は不適切。


空欄(3)の前後の流れを、主語ー述語関係に着目してみると、


原生林はーほとんどありません

(人々がー関わってきたからです)

(3)

それに近いものはー残されています


となる。そうすると、(3)に入るのは逆接の接続詞であることがわかるだろう。したがって逆接の接続詞を含む選択肢イが正解。


4) 設問で、「両者の違いがわかるように」という要求があるので、それに応えられるように。まずは枠組みを作ろう。主語ー述語関係を明確にしながら、きちんとつなぐことが大切。


「保全」はー(    )である

のに対して

「保存」はー(    )であるということ。


という枠組みをまず作ること。そして、それぞれの述語を明確にする。


「保全」に関しては第一〜三段落に書かれてあるので、そこに着目する。「自然を生長量よりも少ない量で利用する」と書かれてある。「自然を利用する」ことと、その利用「量」について「保存」はどうなのかを考える。


「保存」は、第四段落にて「自然に一切人手をいれず、あるがままに」とある。この二つを述語として用いれば、解答例のようになる。
posted by kokugo1976 at 15:54 | Comment(0) | 平成17年度前期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月13日

平成17年度後期(3)


<各段落の要旨>


(1)〜(2) 私たちの生活は、実に様々なルールからできあがっている(+言葉、料理の例)


(3) そうしたルールはほとんど意識されない当たり前のことである。ところが、そうした「文化」は、その文化を学びとった人以外の人びとにとっては少しも当たり前ではない


(4) そうしたルールに従って生きている人にとっては「文化」はいちいち意識されないということがとても重要


(5) 文化を異にする人びとが、日本文化のある部分に納得できなくて説明を求めてきたり、その人たちの文化のある部分と日本文化のある部分とが激しく対立した時、相手を説得したり、納得させるだけの説明ができない。というのも、それは日本人にとって「当たり前」のことだからである。


(6) 文化と文化の対立をさけるためには、文化の変化や多様性に、注意と関心、尊敬を払うことが必要である。また、自分の立場と、他の立場にいる人びととの主張を常に見比べることが必要である。


(7) そうすれば、対立の原因が理解でき、たとえ同調や共感をできなくても、相手を頭から否定したり、憎んだりすることはなくなる


<出典>


『生きる力をさがす旅 子ども世界の文化人類学』


波平 恵美子


<読解のポイント>


「私たちの生活が一定のルールによって成り立っている」→「『文化』によってそのルールは異なる」→「時としてそのルールは対立することがある」→「その対立を回避するためには『文化』の変化や多様性に注意と関心、尊敬を払うことが必要」という流れを押さえること。前半部の「ルール」については具体例が添えられているので理解は容易だが、中盤から後半にかけては具体例がない、抽象的な議論になっているので、理解するためには適宜自分の知っている具体例と照らし合わせながら読み進めていくことが必要。同じく抽象的な話になるが、ここで言われている「対立」とは、「善」と「悪」のような相反するものがするのではない。「善」と「善」、「当たり前のこと」と「当たり前のこと」がそれぞれ「対立」するからこそ、扱いが難しい。相手の立場を尊重することが必要だと述べている。


<解答例>


1) イ) きょり ウ) むか(えて) オ) ぞうふく
2) ア) 盛(りつけ) エ) 困(った) カ) 提唱
3) ウ
4) イ
5) ルール
6) 当たり前であり、一番良いことだと考えている。
7) 文化の変化や多様性に、注意と関心、尊敬を払い、自分の立場と他の立場を常に見比べること。


<解説>


3) 純粋に言葉の意味を問うている。「ちなみに」とは、「関連することをつけくわえるときのことば。ついでに言えば。『すみれは種類が多い。ちなみに日本では一〇〇余種を数える』(『角川必携国語辞典』より) あらためて、接続語の意味をきちんと調べてみることが必要


4) 空欄前後の主語ー述語関係を考える


<自分たちにとって当たり前のことが>ー<当たり前でない>

( 2 )

<「文化」は>ー<当たり前ではないのです>


ここから、言い換えの接続語が入ることがわかればよい。ア)「しかし」は逆接だから不可。ウ)「そのうえ」は「先に言ったことでもうじゅうぶんなのに、さらに何かが加わることをあらわす(『角川必携国語辞典』より)」語なので不可。エ)「あるいは」は「いくつかあるものとは別の一つであること(『角川必携国語辞典』より)」をあらわす語なので不可


5) 空欄に「どの言葉がかかっているか」を考える。<私たちの生活を成り立たしめている>が( 3 )にかかっている。それは、第一段落冒頭の「私たちの生活は、実にさまざまなルールからできあがっています」と対応する。また、第三段落第二文にても「私たちの生活が、たくさんのそうした生活上の細々としたルールから成り立っている」とある


6) まずは問われていることを丹念に拾い上げる。「相手の文化を批判している人間」は、「自分たちの文化を<どのように>考えている」とあるので、<どのように>に当たる部分を考える。それについて述べられているのは第五段落。第五文にて、「もっと悪いことは、私たちにとって、<当たり前であり、それが一番良いことだと考えている>ことがらを、別の文化の人びとが批判することに対して、腹を立ててしまうことです」とあるので< >部分を拾い上げれば良い。尚、同じく第五段落、第一文の「当たり前すぎて一つひとつ検討したり疑問に思ったりする必要などなく」という部分を拾い上げるのは不正解。それはあくまで「文化」の説明である。「相手の文化を批判している人間」が「自分たちの文化を<どのように>考えている」の説明にはならない。なぜなら、批判しない人間も同様に考えるからである。


7) 6)と同じく、問題文を丹念に読むこと。「<どのようなことをすれば>」「文化の対立から相手を否定したり憎んだりしなくなると述べているか」とある。この文の後半部については、第七段落で言及されている。その上で、第一文の「そうなれば」に注目すること。この指示語が指している内容は第六段落後半に書かれてある。第四文と第五文前半をまとめれば良い。
posted by kokugo1976 at 16:48 | Comment(0) | 平成17年度後期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月06日

平成18年度後期(3)



<各段落の要旨>


(1) 花火は魅惑的で、日本的な美を見せる


(2) 日本人は、花火の鮮やかな光彩とそれが消えた後に残る闇の深さを感じる
 

(3) 花火は、獰猛であるはずの火を、優しい心で飼いならした芸術である


(4) 火を敬い、憧れる心は世界中にひろがっており、花火も原型は南蛮伝来のものであろう


(5) しかし、花火は一瞬に燃え上がり、たちまち燃え尽きる変化によって人の心を魅惑する。闇のなかに生成する火のいのちを象徴しているといえる


(6) 寺田寅彦は、花火のなかには「序・破・急」の三段の生成のリズムがあると書いた


(7) 始めがあり、中があり、終わりがあり、それが整然たるリズムに乗って展開するとき、われわれはものごとが「完結」したという印象を受ける


(8) 日本人は、この三段の生成のリズムに敏感であり、一瞬の変化のなかにもまとまりを感じ取る感受性にめぐまれているのかもしれない。その感受性が、花火という、純粋な「変化」そのもののような美を育てた


(9) 日本人は、人生の無情をかこちながら、そのなかに安定した自然を見いだしていた。それは「序・破・急」のリズムに敏感である秩序感覚によるものである


<出典>


『混沌からの表現』


山崎正和


<読解のポイント>


芸術論ではあるが、同時に「花火を通してみた日本人論」でもある。「序・破・急」という言葉の意味を知っていれば読解はラクになるが、知らなかったとしても本文中で説明されているので、丹念に読むことができれば問題はない。むしろ、「序・破・急」という言葉をしっている人ほど「知ってる、知ってる」と気楽に構えてしまい、誤読し、本文では言及されていないような説明をし、独りよがりな解答になってしまう可能性があるので注意が必要。「序・破・急」という三段の生成のリズムに鋭敏な日本人は、独特の秩序感覚とバランス感覚をもっているという結論まで読み込めれば上出来。


<解答例>


1) ア) あざ(やかな) エ) ひび(き) カ) じゅんすい
2) イ) 残(る) ウ) 認(め) オ) 訓練
3) 敬い、憧れる対象である火を、日本の伝統的な芸術の骨格を元に美として育てたこと。
4) ア
5) イ
6) 始めがあり、中があり、終わりがあり、その変化が整然としているリズムであり、ものごとが「完結」したという印象を与える。(五十八字)


<解説>


3) 傍線部は「<1 獰猛であるはずの火>を、<2 優しい心で飼いならした>」という部分に分けることができる。そのポイントが何をたとえているのかを答えることが必要。まずは<1 獰猛であるはずの>火の特徴については、第四段落で言及されている。「獰猛」とは当然、人間に対してということである。第四段落、第一文にて、「火を敬い、火を憧れる心は世界中にひろがっている」ともある。


次に、<2 優しい心で飼いならした>だが、「無理矢理ではなく、思い通りにする」という意味になろう。「火」をどのようにして「花火」にしたのかを考えれば良い。第八段落にて、「この独特の感受性が、花火という、いわば純粋な「変化」そのもののような美を育てたとしてもふしぎはないのである」とあるので、それを使う。


4) 比較の問題。空欄(2)の一文に注目すると、


灯火が( 2 )を象徴している

とすれば、

花火は<闇の中に生成する火のいのち>を象徴している


という対応関係になっていることに気づけるはず。では、<闇の中に生成する火のいのち>とはどういうことか。直前の文で、「それ(=花火)は一瞬に燃え上がり、<たちまち燃え尽きる変化>によって人の心を魅惑する」とある。ということは、<火のいのち>とは、「一瞬のもの」「瞬間的なもの」と捉えることができる。では、それと対照となる「灯火」は、ア)の「永遠性」を象徴していることになる


5) まず、空欄前後の主ー述関係を捉える


<徒手体操が美しいのは>
 ー<「完結」しているからであり>
 ー<「序・破・急」のリズムに貫かれているからである>

( 3 )

<日本人は>
 ー<このリズムに敏感であり>
 ー<感受性にめぐまれているのかもしれない>


「このリズム」とは、いうまでもなく前文の「『序・破・急』のリズム」を受けている。前文をさらに発展させたものが空欄後の文であることに気づけば、解答はイ)の「そして」であることがわかる。ア)の「けれども」は逆接、ウ)の「ただし」は限定、エ)の「なぜなら」は原因で、それぞれ不適当。


6) 問題文では、「『序・破・急』とは<どのようなリズム>であり、われわれに<どのような印象>を与えるものであると筆者は述べているか」とある。「序・破・急のリズム」について書かれているのは第六〜八段落なので、そこから探すことになる。「印象」については、第七段落にて書かれている。第七段落、第一文にまさに問題文が求めているものが書かれているので、それを使う。解答例では、「それが整然たるリズムに乗って展開するとき」ということばを、できるだけ簡単に言い換えていみたので参照して頂きたい。
posted by kokugo1976 at 17:37 | Comment(0) | 平成18年度後期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月05日

平成18年大阪府後期(1)



<各段落の要旨>


(1) 『万葉集』は「見るからにそれだけのこと」の歌が多い


(2) 「それだけのこと」が持つ力強さ、素材の新鮮さについて考えてみよう


(3) 「それだけのこと」を歌にするためには、歌わずにいられない、伝えたくてたまらない、という心からの気持ちが必要である


(4) (『万葉集』に比べて)『古今和歌集』以降の短歌は、技巧を凝らしている。


(5) どちらがよいというわけではない


(6)〜(8) 歌を作ることが「技巧を凝らすこと」と錯覚してはいけない。ともすれば技巧を凝らそうとしてしまう筆者が『万葉集』を読むとはっとさせられることが多い


(9) 力強くて新鮮な材料は「一生懸命生きること」によってしか手に入れることができない


(10)〜(11)  「それだけのこと」を心から伝えたいと感じること、心から味わうことは容易ではない


(12) 「それだけのこと」を心から伝えたい、言葉にして表現したいと思うためには、その素材のよさを感じる心がなくてはならない


(13)〜(15) 『万葉集』に見られる、「それだけのこと」の力強さの具体例



<出典>


『言葉の虫めがね』


俵 万智


<読解のポイント>


『万葉集』に表れている、「素材の力強さ」、『古今和歌集』以降の「技巧」が対比されていることに注目する。そして、筆者はどちらがよいというのではなく、「技巧」を凝らすことに気を取られていると、それこそが詩を作ることだと錯覚してしまうことに警鐘を鳴らしている。では、詩をつくることとはどうすることなのか。それは、素材にきちんとした目を注ぎ、その良さを心から味わうことである。『万葉集』を読むことによってそうした原点に返ることができる。この流れをきちんと押さえること。単なる復古趣味ではないことに注意する


<解答例>


1) ア) とくちょう イ) さっかく ウ) はんせい
2) C
3) 吟味
4) あまり手を加えずに歌を作ること。(あまり技巧を凝らさずに歌を作ること。)
5) ウ
6) 素材のよさを感じる心を持ち、その素材の良さをなんとか言葉にして表現したいと思うこと。(四十二字)


<解説>


2) 格助詞「が」の区別の問題。「が」を含んだ文節が「主語」を表すのか、それとも「目的語」をあらわすのかがわかれば解答は容易。「が」を「を」に変えて意味が通らなければ「主語」、通らなければ「目的語」である


 A) 完成度「を」低い→× 主語
 B) はっとさせられること「を」多い→× 主語
 C) あなたのこと「を」好きです→○ 目的語
 D) それ「を」第一歩→× 主語


よって、答えはC


3) 制限時間内にこの「吟味」という熟語を探すのはむずかしいかもしれない。「問題文を先に読むのか、問題を先に読むのか」というところとも関わってくる。問題文を先に読んで、解答を答えようとすると、こうした問題はかなり焦ってしまうので、そうした場合は最後に残しておいて先に他の問題を解けば良い。そして、最後に解答を探すことに集中すれば良い。問題を先に読んでいると、読解がおろそかになり、誤読をするおそれがあるので注意が必要


4) 問題には「どのようなことを<たとえた>ものか」とあるので、何のたとえなのかを明確にした上で解答することが必要。「料理」に関する言葉が一つでも入っていると誤答となる。「歌の作り方」について料理をたとえにしていることをつかんでおく必要がある。第一〜三段落で、『万葉集』がもつ素材の力強さ、新鮮さについて書いてあり、第四〜七段落では、『古今和歌集』以降の「技巧を凝らした歌」について書かれてある


傍線部を含む一文をみると、「ただ、ある程度歌を作りつづけていると、いい素材に出会った時、塩をかけただけで食卓に出すという勇気がなかなか持てなってしまう。」とある。(当然のことだが)筆者が『古今和歌集』以降の作品の作者であることにも注意。「塩をかけただけで食卓に出す」とは『万葉集』の作品のことである


傍線部を分解すると、「塩をかけただけで」「食卓に出す」という二つになる。第二段落第一文で「あまり手を加えずに歌ができあがっている」という記述があるので、それを用いればよい。「あまり手を加えずに」でも問題はないが、さらに「あまり技巧を加えずに」としてもよい。ただし、「あまり」という言葉が入っていなければ不可。「全く」手を加えない、技巧を加えないという意となるので、「塩をかけただけで」という言葉のたとえを説明していないことになる


5) 第十段落にて、「『それだけのこと』ではあっても、それを本当に心から伝えたいと感じることは、<なかなか容易ではない>。」とある。それを受けての第十一段落であるから、傍線部は「反語」ととるのが適当


6) 問題では、「『いい素材』を<このような歌にするためには><どのようなこと>が必要である」かと問われている。「このような歌」というのは言うまでもなく、『万葉集』のような歌ということ。それに必要なことというのは、第十二段落でまとめられている


「心から伝えたい、言葉にして表現したい」が「第一歩」
 ↓
<そう思うためには、まず>
 ↓
「花の美しさ(=素材のよさ)を感じる心がなくてはならない」


とある。時系列に沿って、並べ替えたものが解答例
posted by kokugo1976 at 14:11 | Comment(0) | 平成18年度後期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

平成20年度後期(1)


<各段落の要旨>


(1) 先生(=苅間澤先生)の話


(2) 先生の話から学んだこと=「人が喜んでいる時に心から一緒になって喜んであげられる友だちこそ、本当の友だちである」


(3) 先生の話、二つ目。とにかく子どもを褒める


(4)〜(8) (3)の具体例。褒められたことなど一度もない僕も詩の朗読で褒められた


(9)〜(13) 褒められることのなかった僕が褒められたことは生涯忘れることができない


(14)〜(16) 褒められたあとで書いた作文のエピソード。言葉にうるさい母親が僕の作文の出来のよさに驚いた。


(17) 書きたいという意欲が、母を驚かせる程の質の高い作文を書かせた


(18) 意欲さえあれば、人は良い結果を残すことができる


(19) 先生はそう考えて、子どもを褒めていたのではないだろうか


<出典>


『泣き虫しょったんの奇跡』


瀬川 晶司


<読解のポイント>


随筆の読解のポイントは、エピソードとそこから導きだされる結論。先生のエピソードを通じて、筆者は何を考えたのか、そこを捉えることができればよい。前半の「本当の友だち」については、先生が僕に大きな影響を与えたということが読み取れればそれでいい。大切なのは後半。「詩の朗読を先生に褒められた」→「生まれて初めて<書きたい>という意欲をもって作文を書いた」→「母親を驚かせるだけの良質の作文になった」というエピソードを経て、「意欲さえあれば人は良い結果を残すことができる」→「先生はそのことを考えて、子どもを褒めていた」という結論を導きだしている。この流れがつかめれば、設問のほとんどを解答することができる。


<解答例>

1) ア) あいま イ) (より)そ(って) ウ) ろうどく
2) 喜んでいる人と心から一緒になって喜んであげられる友だち。(二十八字)
3) ウ
4) 僕は生涯忘れることはないだろう
5) エ
6) 意欲さえあれば、人はよい結果を残すことができると考え、その意欲を持ってもらうことを期待してささいなことでも生徒を褒めた。(六十字)


<解説>


2) 傍線部を含む一文を読むと、「そのとき、心から一緒になって喜んであげられる友だち<こそ>、本当の友だちというのだ」とある。「そのとき、心から一緒になって喜んであげられる友だち」が答えになるのだが、「そのとき」という指示語がある。指示語はそのままにしておいてはいけない。<どういうとき>か説明が必要。第一段落から、「人が喜んでいるとき」ということがわかる。あとは二つをつなげればよい。


3) 「きりがない」とは、「切りがない」で「終わりがない。際限がない」の意味(『角川必携国語辞典』より)。本文では、「変わっているところをあげればきりがないほどだが、」とある。「数多くある」という意味である。辞書的にいっても、ここはウが正解となる。


4) 隠れた文法問題。傍線は「・・・あの感覚<を>」とある。つまり、目的格であって、その後ろには述語(動詞)がくる。前文に、「だが、生まれて初めて自分の作品を褒められたときのあの気持ち<を>、僕は生涯忘れることはないだろう。」とあることに注目。倒置表現であり、傍線部は「・・・あの気持ち<を>」の言い換えであることがわかる。あとはそれ以降の、述部にあたる部分を十五字で拾えばよい。


5) やはり傍線部を含む一文を読むことが先決。「しばらくたったある日、保護者面談のために学校へ行っていた母が帰ってくるなり、いつになく興奮した様子で僕を呼んだ」とある。この<興奮>がプラスイメージなのか、マイナスイメージなのかを捉えよう。第十五段落で、「英語塾の教師をしていた母は、言葉にはうるさい」、第十六段落で「『あなたって、あんなに作文が上手だったかしら!』」とある。つまり、僕の作文をプラスイメージで捉えている(誰かに代筆してもらったので怒っているというような記述は一切ないので、ここは文字通り捉えるべきだろう。母は僕の成長に驚いているのである)。


となれば、ア)の「びっくりしている」、イ)の「とまどっている」はマイナスイメージなので不適当。ウ)の「安心している」はプラスイメージではあるが、「苦手な作文をやっと書き上げた」という記述が不可。書いたという結果ではなく、出来の良さという成果にプラスイメージを抱いているのだから。したがって、答えは、エ)「上手に書いた」ことに「感激」(=驚いた)したとある。


6) <読解のポイント>でも述べたように、「詩の朗読、作文のエピソード」から筆者がどのような結論を導きだしたのか、そこを捉えていれば解答は容易。最終、第十九段落の「苅間澤先生は<そう>考えていたのだと思う」と記述がある。<そう>とは第十八段落、最終文「意欲さえあれば、人は良い結果を残すことができるということだ」を指している。そう考えるからこそ、「褒める」という行為を行っていたことがわかればよい。


問題では「苅間澤先生は<どう>考え、<何を>期待して褒めた」と考えられるかとあるので、そこに当てはめる。<何を>の部分は本文では明示されていないので、文脈、つながりを意識して、自分で考えることが必要。
posted by kokugo1976 at 18:21 | Comment(0) | 平成20年度後期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月03日

平成20年度後期(3)

平成20年大阪府後期(3)


<各段落の要旨>


(1) 現代科学が限界に差し掛かっている。科学の終焉は訪れるのだろうか。


(2) 筆者は科学が終焉するとは思っていない。


(3) 「等身大の科学」の提唱。「等身大」に込められる三つの意味。1) 対象のサイズが等身大、2) 研究費が等身大、3) 等身大の取り組み


(4) 現代科学があまりにも専門分化し、その反省からの提唱。自然を征服の対象としてきた科学こそ、自然との共生を実践しなければならない


(5) 「等身大の科学」の具体例その1→生態系の観察


(6) 全段落の「生態系の観察」の具体例→タンポポについて。身近な対象に目を向けることで興味を広げて行く


(7) 「等身大の科学」の具体例その2→環境調査とその具体例。自分で得たデータを見る事で環境汚染を自らの問題として捉えるきっかけとする


<出典>


『ヤバンな科学』


池内了


<読解のポイント>


 科学技術についての評論は頻出なので、この辺りの分野にある程度の理解をしておけば読解は容易。「現代科学」の問題点と「等身大の科学」の効能が比較されているところに目を向けよう。その上で、筆者が捉える「等身大」とは何なのかを第三段落から丁寧に読み解き、その具体例と照らし合わせることができればよい。


<解答例>


1) イ) めば(え) エ) じっせん カ) けいやく
2) ア) 安住 ウ) 装置 オ) 提案
3) エ
4) イ
5) 共生、征服(順不同)
6) 日常的に接する対象に興味を持ち、大きな装置ではなく自分の体でデータを集めて、自らの問題として身近に捉えるところ。(五十六字)


<解説>


3) まずは空欄を含む一文を考える。「<科学の現在のありよう>を見直し、二十一世紀に求められている<科学の新たなあり方>を構想すれば、科学は、人々にとって( 1 )と考えるからだ」とある。


<科学の新たなあり方>が( 1 )をもたらす


と読めれば、( 1 )に入るのはプラスイメージの文章だとわかる。


<科学の現在のありよう>は、第四段落、第一文にて「・・・現代の科学があまりにも専門分化し、科学者があまりにアカデミックな世界に閉じこもる」とある。また、第二文にて「科学の世界も・・・科学と人間や社会との関係を考えなくなってしまった」とある。


したがって、ア)の「閉鎖的」、イ)の「専門分化」、ウ)の「身近でなくなっていく」という記述はこれまでの科学についての事であり、それらはマイナスイメージをもつ言葉であり、不適当。


4) まずは、前後の文の関係を考える。


タンポポの分布図を作ってみる
( 2 )
タンポポの群れ方が異なることがわかる


となる。ア)の「しかし」は逆接の接続詞なので不適当。エ)「だから」は「原因→結果」を表す接続詞。ここでは明確な因果関係が成立しないので不適当。イ) 「すると」か、ウ)「そして」か悩むところ。どちらも時間経過を表す言葉ではあるが、「そして」は単なる時間経過を表し、前後の文は全く無関係でも使える。「すると」は「前に起こったことがきっかけとなって、その作用を受けて続けて他の事が起こる事をあらわすことば(『角川必携国語辞典』より)」。したがって、ここでは、イ)の「すると」が適当。普段何気なく使っている接続詞を改めて辞書で調べて捉え直すということも学習の上で重要。


5) 問題文には「科学の自然への関わり方」とある。それについて言及されているのは、第四段落。第四文にて「二十一世紀においては、自然との共生が大事と説かれているが、自然を征服の対象としてきた科学こそ、それを実践しなければならないと思うのだ」とある。漠然と解答を探すのではなく、「各段落で何について語られているのか」ということを念頭に置いて読んでいれば解答は容易。


6) 問題文にある「生態系の観察」「環境調査」は何の具体例なのか。言うまでもなく「等身大の科学」の具体例である。それぞれの「どういうところ」が「等身大の科学なのか」を考えること。となれば、「等身大の科学」というものがどういうものなのかを説明すれば事足りる。注目すべきは第三段落。「等身大」に込められている「三つの意味」を具体例と照らしあわせながら解答をまとめればよい。


一つ目の「対象のサイズが等身大」は、第六段落のタンポポの例で、二つ目の「研究費が等身大」は、第七段落にて、「市販器具を使う」「自分でデータを得る」で言及されている。また、三つ目の「誰もが気軽に参加できる」は第六、七段落で共通して述べられている。
posted by kokugo1976 at 22:57 | Comment(0) | 平成20年度後期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月14日

第一問

平成18年大阪府前期(1)


<各段落の要旨>


(1) 天体望遠鏡「すばる」の説明


(2) 「すばる」望遠鏡を作る目的は何なのだろう?


(3) 「すばる」望遠鏡を作る目的は、私たちが知っている限りの世界(=認識)の果てを広げる為である


(4) (5) 人間が「科学」で認識できる「宇宙」と、誕生から膨張を続けている実際の「宇宙」には大きな差がある


(6) 人間が知っている限りの「宇宙」はほんのわずかであり、未知な領域が果てしなく広がっている。それを知る事が科学の冒険である。


(7) 「すばる」のような装置の開発は、自然の未知の領域を知りたいという情熱があるからこそ出来るものである。そして、それが人間が本来的に持つ情熱であり、科学の根源である


<出典>

海部宣男

宇宙への果てのない航海


<読解のポイント>


「すばる」望遠鏡の例が何を表しているのか? 読み進めながら、「科学の目的とは?」という問いを見つけられれば本文の読解の半分は完了。残りはその答えを探すだけ。「知っている世界」と「まだ知らない世界」を分け、後者を少しでもなくしていこうとする情熱が「科学の目的」であると筆者は言う。「問い」と「答え」を文章中からいかに素早く拾い上げる事ができるかが読解のポイントである。


<解答例>


1) ア) ふくざつ イ) ぼうけん ウ) かたむ(ける)
2) ウ
3) 新たな技術を用いる事で少しでも多く未知の部分をなくし、人間が知っている限りの世界の果てを広げていく事。
4) イ
5) 自然をもっと知り、理解したいという、人間が遥かな昔から本来的に持ちつづけてきた情熱。

<解説>


2) アは「とおる、とおす」、イは「はじめから終わりまで、全体にわたる」、エは「行ったり来たりする」という意味で用いられている(『角川必携国語辞典』より)。日頃から、「意味」とともに漢字を学習しておく事が必要である。


3) 筆者が文章内で独自に使っている言葉を説明する問題。制限時間内に解答としてまとめるのは中学生には少々難しい問題。キーは第三段落をきちんと読めているかという所にある。第三段落で、人間が知っている宇宙は、ほんの一部分にすぎないと書かれている。そして、第七段落で、自然をもっと知り、理解する事は人間本来の情熱であるとされている。この辺りをきちんと捉える事が必要。<「認識の果て」>を<押し拡げる>のは、つまり、「未知の部分をなくしていく」ということ。それを本文に即して字数調整すればよい(…が、それがむずかしい)。


まずは<「認識の果て」>。第三段落第五文で「私たちは、自分が知っている限りの世界を「宇宙」と呼んでいるにすぎないからだ。」とあり、第六文で、「宇宙の果て」と私たちが呼ぶものは、実のところ、私たち人間にとっての「認識の果て」なのである。」とあるので、これをまとめると、「人間が知っている限りの世界の果て」となる。次に「押し拡げる」。これは、「未知の部分をなくす」という事で事足りるだろう。あとは二つのポイントをつなげるだけなのだが、これもむずかしいが、その結果は解答例を参照の事。実際は上記二つのポイントが書かれていれば正解ということになるのではないか。きっちりと解答するにはかなりの時間を消費させられる問題。


4) 文相互の関係をとらえ、接続詞を答えさせる問題。主語と述語をはっきりとさせる事で解答は容易。主語、述語だけを拾い上げると、前文では「数百年前というのは、「一瞬前だ」」となる。空欄後の文は「驚くことはないわけだ」。二文の関係を考えると、順接。したがって、ここでは「だから」を選ぶ。


5) 「科学の根源」は最終文にある。それをまずは見つける事。そしてその文では「そしてその情熱こそが、科学の根源なのである」とある。<その情熱>が答えであるが、指示語を説明しなければいけない。<その>とあるので、前文に注目。そこには、「それは、人間が遥かな昔から抱きつづけてきた、本来的に持つ情熱だ」とある。またしても指示語が出てきた。「それ」は何を指すのか。さらに前文をみると、「自然をもっと知り、理解したい」とある。これをまとめたものが解答例。
posted by kokugo1976 at 12:37 | Comment(0) | 平成18年度前期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

第三問

平成19年大阪府前期(3)


<各段落の要旨>


(1)〜(3) 幼い頃の筆者にとって「生憎」という言葉の意味はなんだか楽しいことだと思っていた


(4)〜(5) 大人たちの表情を見ていると、どうやら「生憎」という言葉はよくない意味のように思われてきたので、筆者は母にその意味を質問する事にした

(6)〜(9) 筆者と母の問答。母は「生憎」の意味は「きょうはちょっと都合が良くないねって意味」だと答え、さらに、「人間というものは言葉を持っていて、(中略)言葉を交わすということは、相手の気持ちを思いやること」だと説明する。「生憎」という言葉はその思いやりから来たものである


(10) 〜(15)筆者は「生憎」という言葉は「ひととひととが互いに相手を思いやる言葉」だと思うようになった。そしてその言葉の意味と使い方を知る事で「思いやり」や「優しさ」を覚えたという


(16) 言葉を上手に使う事は難しい事だが、それは面白い事で、上手に使えれば自分もいい大人になるんだなと筆者は思う


<出典>


語り・大林宣彦、文・坂上恭子


『あしたづくり』


<読解のポイント>


入試問題としては比較的簡単な文章。大きく分けて三つに分けられる事に注目。「生憎」という言葉を良い意味だと思っていたかつての自分→「生憎」は悪い意味らしい→「生憎」の本当の意味と使い方、という流れが理解できれば読解は容易。そして、後半部を丁寧に読んでいく事。


ちなみに、語りの大林宣彦は映画監督。出身地の広島県尾道を舞台とした、尾道三部作と呼ばれる『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』、新尾道三部作『ふたり』『あした』『あの、夏の日』が有名。特に『転校生』『ふたり』は名作なので高校に入ったら是非観てもらいたい。『転校生』は三谷幸喜夫人の小林聡美と、クドカンドラマで有名な尾美としのり主演。『ふたり』は石田ゆり子の妹、石田ひかりと、『北の国から』の蛍で有名な中島朋子の主演・・・っていっても中学生にはわからんだろうなぁ…


<解答>


1) ア) 連(れて) イ) 笑(って) ウ) 約束
2) イ
3) a) みが(く) b) と(ぐ) c) けんま
4) 生憎という言葉は楽しい意味だと思っていたが、大人の表情を見るとよくない言葉に思ったから。(四十四字)


<解説>


2) 文法問題、特に<助動詞の識別>は高校入試に限らず、入試頻出分野。まず、本文では「母に言われて」とある。この「れ」は受け身の「れ」。「母が(私に)言って」が、「(私が)母に言われて」となっている。この辺りは国語よりも英語で十分に訓練しているはず。


選択肢を吟味していくと、アは主語が「先輩も」で、述語が「出席された」。述語を「出席した」としても意味は通じるので、受け身ではない。「先輩」という語があるのでそこに注目して「尊敬」の「れ」だと判断する。イ)は主語が「私は」、述語が「なぐさめられた」。「なぐさめた」のは「友人たちのことば」であると理解できれば、これが「受け身」の「れ」であり、正解。ウ)は主語が「私には」、述語が「思い出された」。直前に「自然に」という言葉がある事にも注目すれば、これは「自発」の「れ」。エ)は主語が「私たちは」、述語が「仕上げられた」。「仕上げた」としても意味は通じるので「受け身」ではない。また、「私たち」を高めることはないので「尊敬」でもない。ここは「可能」として「仕上げる事ができた」と考えれば意味が通じる。


4) 問題文に「『生憎』の意味を確かめようとしたのはなぜか」と書かれてある。「〜だから」と答えなければいけないのは当然。それよりも目を付けなければいけないのは「確かめようとした」の部分。


例えば、数学で教わった公式を元に問題を解いてみた時のことを考えてみる。教わった通りに公式を利用したの<だが>、答えを見ると正解ではなかった。そこで先生に「どうして違うの」と質問をする。それを受けて先生が、間違いの理由を指摘する・・・といった経験は誰もが持っているだろう。


つまり、自分の考えがどうも間違っているという所を注目すればよい。それまでの段落をうまくまとめられればそれでよい。


ただし、制限字数がやっかい。「四十字程度」とあるのだから、前後五字は許容範囲。<だが>という逆接の接続詞をきちんと使いこなすという事と、不要な修飾語は出来うる限りそぎ落とす事が必要。必要な要素は


■幼い頃は「生憎」の意味が楽しい事だと思っていた
■「生憎」の意味は楽しいことではないと気づいた
■「〜から」が文の最後に来ている


の三つ。


5) 問題文の「『生憎』という言葉がどのような言葉だと理解したか」という所に注目する。<どのような言葉>かと聞かれているのだから、「〜な言葉」と答えればよい。本文中で注目すべきは、「生憎」という言葉の意味を聞いた後の第六段落以降、第十一段落まで。やはり、直後の第六段落に「それから先、『生憎』という言葉は、ボクにとっては、ひととひととが互いに相手を思いやる言葉になった」という記述があるので、そこから抜き出す。問題文にも、「『ぼく』は、(中略)どのような言葉だと理解したか」とある。真っ当に読んでいれば、答えられる設問。
posted by kokugo1976 at 12:35 | Comment(0) | 平成19年度前期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月12日

第一問

平成19年大阪府前期(1)


<各段落の要旨>


(1) 現代生物学は様々な複雑な要素が、どのように相関しているのか、そこから「生きているとは」どんなことかを説明する


(2) 機械と生物の違いは、生物には自立性があるが、機械には自立性はないことにある


(3) (2)の具体例


(4) 自立性があるだけで生物という訳ではない


(5) 機械はシステムを自分以外の他者がつくり、生物はシステムそのものを自分が作る


(6)〜(8) (5)の具体例


(9) 現在、人間は精巧なロボットを作る事ができるようになったが、システムを作っている物質自体を変えていくような機械はまだ作る事ができない


(10) 人間は、システムを作っている物質自体が様々なサイクルで作りかえられていく


<出典>


『初歩から学ぶ生物学』


池田清彦



<読解のポイント>


 生物と機械の違いを捉えられるかどうかがポイント。まずは「自立性」。しかし、それだけではなく、「自分を構成する物質を変えられるか否か」が生物と機械の違い。この二点を捉えられるかどうかが読解できるかどうかに関わってくる。ちなみに、『機動武闘伝Gガンダム』では、「自己進化」「自己再生」「自己増殖」という要素を備えたガンダム(=機械)が登場する。生物のように体の構成を変えていく機械の登場は当時大きな反響を呼んだとか呼ばなかったとか。


<解答>


1) ア) (組み)こ(めば) イ) こわ(れたり) ウ) せいこう
2) 外から何もしなくても自分で勝手に動く
3) ウ
4) エ
5) 生物は、システムを自分で作り、システムを構成する物質そのものが変化するという点。


<解説>


2) 「自立性」について述べられているのが、第三段落。「自立性」は「生物」が備えるものだから、生物について言及されている箇所を読み取る。となると、第一文目の「生物とは…」に目がいくはず。抜き出しだから一文字も違ってはいけない。厳しく採点すること。


3) 「表裏一体」という言葉の意味を問う所。消去法ではなく、まちがいなく(ウ)を真っ先に選べるように。意味がわからなければ辞書で調べさせるように。


4) 3)に同じく言葉の意味。文法的には打ち消しを表す言葉と結びつく「呼応の副詞」。「それほど〜ない」「たいして〜ない」と同意。本文では、「さして変わらない」と書かれている。


5) 文章全体の結論を捉えられているかどうかを問う問題。第五段落と第十段落をまとめられればそれでよい。注意すべき点としては第十段落の「システムを構成する物質が変化する」。どのような「物質」なのかについても説明できていないといけない。第九段落の第二文において、「システムを構成する物質」とあるので、それを引っ張ってくる。解答のポイントは四つ。


 第五段落の「システムを自分自身で作る」
 第十段落の「物質が変化する」
 第九段落の「システムを構成する物質」
 「〜な点」と結ぶ事


posted by kokugo1976 at 12:48 | Comment(0) | 平成19年度前期 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。